アーカイブ 2012年 2月



山梨ホスピス協会 共に生きます。この大切な時期(とき)を

2012年 2月 29日

2年前、2010年の五月に山梨ホスピス協会 理事長の横山宏先生から
お声をいただいて、講演をしてまいりました。
横山先生は、地元県立病院院長も務められた重鎮で
新宿で、たまたま、私の本を購入していただいて
その瞬間に、山梨に私を招聘していただきまして、
私にとって県外初の講演を行ったのでした。
横山先生は、高齢でありながら未だに、地元病院の一線で勤務され
患者の一大事には当直の医者を差し置いてもベッドサイドに向かうという医者の鏡でして。
講演前に少しお話をさせていただいただけで、お人柄が伝わり、
自分が山梨で研修医をしていたら、この先生の下に仕えようとするだろうなと
感じながら講演をに臨みました。
役員には、筑波大の卒業生なら記憶から消えるわけがない泌尿器科の林正 先生が座られていて、少し、昔の授業の際の緊張感が伝わってまいりました。

なぜ、この昔話を書くかというと、また、横山先生からお電話をいただきまして、
五月に講演をと、二年前と、そんなに変わった話はできませんと、お断りしようかと思ったのですが、電話で話すと真摯な対応でして
「喜んで、参ります。」と答えてしまいました。

しかし、昨夜、何気に山梨ホスピス協会のHPを見ていると
これまでの講演者を見ると

「今日も二人で ~二人三脚で乗り越えた介護の日々~」 
 入場無料 先着500名 講 師 小山明子氏(女優、映画監督大島渚氏の妻)


重鎮

 いのち「生命の終わりを輝いて」 日野原重明先生

「死」と言えば自分も読んだ

「よく生き よく笑い よき死と出会う」 アルフォンス デーケンス 氏
                     上智大学名誉教授 「東京生と死を考える会」会長

なかなか、ハイソな顔ぶれでしょう。

相手にとって不足なし。

GO 山梨、5月に「あずさ2号」で行ってまいります。


愛する人を亡くした時

2012年 2月 28日

死という概念は、他の生物にはなくて、人間固有の物といわれます。
なぜなら、他の動物は死体に興味を示さないともいわれます。
また、墓などの墓碑装置を作るのも人間だけだといいます。
しかし、その概念を持ったがゆえ、身近な死によって悲しみにくれてしまうのです。

この本は、前回の身内の死が、まだ、整理でっきないうちに
また、次の死を迎えざるえない環境に入った御家族から
勧められた本です。
今の私には、少し読める状況でないので
(深い意味はありません。読んで良い影響が出ればいいのですが
まだ、解釈する自信がないのです。)

そこで、要約を、その場で教えていただきました。

1 子どもを失うと、親は人生の希望、未来を失う
2 配偶者を失うと、共に生きていくべき現在を失う
3 親を失うと、人は過去を失う
4 友を失うと、人は自分の一部を失う

この御家族は、こうも続けました。
身内を失った経験のない人に励まされても、逆に怒りに変わってしまう。
同じ状況を克服した人から話を聞きたいと。


CHASKA 茶屋町

2012年 2月 27日

大阪 梅田 茶屋町
このビル「CHASKA」
















ここに、丸善、ナガサワ文具センターが入っている。
ホテル、住宅、商業施設が入った複合ビル。
コンクリート剥き出しの景観は、建築家 安藤忠雄の特徴かな?
上部と下部が切り離されたように見える。上部は巨大な三角形で、少し離れた場所から眺めると、驚きさえ感じる。
「CHASKA 茶屋町」の語源は、「CHA」=茶屋町の「茶」 「S」=「住む」 「K」=「買う」 「A」=「遊ぶ」のそれぞれの頭文字を組み合わせたもの。

ナガサワ文具を、よく、訪れる中に設計者 安藤忠雄氏がいるそうだ。
店の状況などを、事細かに聞き出して帰るそうだ。
建築して、これが答えですでなくて、その後の状況を把握し
次の構想を練る手段なのでしょうかね。
竹内さんと話す喜びもあるでしょうね。
そういえば、この前、ある設計師が、建築後のビルの運営にも携わりたいという願望が実はあると語って帰られましたが、建築物とて生き物。
その後も関わりたいのは当然あるでしょうね。