アーカイブ 2011年 2月



1969

2011年 2月 28日

街中を歩いていると、受験生が親に付き添われて

試験会場に入って行く光景を見ます。

ちなみに、1969年は学生運動が最も高揚し

東大が入試を中止にした年。

ちなみに、この年、筑波大学の前身、

東京教育大学も体育学部以外は入試を中止としている。

もちろん、他大学も、穏便に入試が行われたわけではないそうだ。

当時を知る方から、最近、聞いた話では

当時、入試問題は刑務所の中で印刷されていたそうだ。

その問題を、鉄道を使って受取に出かけ、

地元に戻ると、タクシーで、かなり注意深く周囲を見ながら移動したそうだ。

保管場所は、大学の中に、とても置ける状態にはなく、

何箇所か、たとえば、寺、神社などを選んで、分散して保管をさせたという。

試験委員長は、生きた気がしなかったという。


ヒトの第一印象はどうやって作られているのか?

2011年 2月 23日

ヒトの第一印象はどうやって作られているのか?

ライフハッカー 日本版より

http://www.lifehacker.jp/2011/02/110201first_impression.html

見た目イケイケだけど、実は真面目な人。一見おとなしそうだけど、意外と大胆な人。人は見かけによらないといいますが、実際、初めて会う人を第一印象で直感的に判断することは、往々にしてあることです。では、この第一印象はどうやって作られているのでしょうか?

心理学系メディア「Psychology Today」では、第一印象が形成されるメカニズムについて述べられています。

これによると、ヒトの脳は、誰かに会うたびに相手の姿をスナップショットする傾向にあるのだそうです。このスナップショットは、その瞬間に受け取った、すべてのシグナルから生成され、自分が相手をどう捉えたかによって「脚色」されるのだとか。甘い声、ロレックスの腕時計、猫背といった、相手の「手がかり」が一度に集まり、印象として形作られるのです。

また、ヒトは初めて人に会うと、その人の笑顔を探すものだそう。「University of California Medical School」の教授で、顔の表情の研究の草分け的存在でもあるPaul Ekman氏によると、ヒトは、30メートル先の笑顔でも認識でき、笑顔には好意的な気持ちが湧きやすいそうです。

この記事によると、初対面の瞬間、相手の脳ではアナタのスナップショットがパシャっと撮影されているということのよう。また、この脳のカメラには「笑顔認識」機能がついているので、相手のスナップショットに自然な笑顔で写れれば、よい印象を与えられそうです。

第一印象が全てとは思いませんが、そのイメージは後ケまで、つきまといます。
それから、最初に対面した時の会話の風景は、よく、覚えています。


相手を好きになる、尊敬する際には、私の場合、
私に向かって、投げかけられた言葉に依存することが多いと思います。


相手を傷つける言葉を放つことを、よしとする人間も増えているように思えますが、
よき友人、よき営業マンは、その言葉の語感や内容が、とても、素晴らしいものです。


昨晩、あるメーカーのみなさんの話を聞いておりましたが、
この会社の伝説的な営業マンの方の会話は、やはり心地いいもので、
同じ内容は、繰り返すことなく、会話の節々に、こちらが聞きたい情報が
散りばめられ、ノートに筆記をしたくなるもので、
数多くある製品の中でも、やはり、これを使うべきと思わせる説得力があります。


いや、この製品のファンというよりも、この営業マンのファンであるから
使おうと思うものです。


これは、EQの差なのでしょうか?

 
EQとは(Emotional Intelligence Quotient)の略で、情動の知能指数、心の知能指数ということになります。感情の理解力や共感力、自己統制力や表現力など感情精神の知性をはかる規準となります。


方便 1

2011年 2月 22日

最近、話題になるキーワード「方便」

wikiより

この物語が仏教用語の方便の一つであるらしい。

『クッダカニカーヤ』(Khuddhaka Nikaya)の「長老尼の譬喩」(Theri Apadana)の第22章「キサーゴータミーの譬喩」(Kisagotami apadanau)には、釈迦が、我が子を亡くしたキサーゴータミーという女性に対して、「死者を出したことの無い家からカラシの種をもらってきたら、その子が生き返る薬を作ってあげよう」と言う場面がある。キサーゴータミーは家々を回り、どの家にも生老病死というものがあることを知って、釈迦の弟子となった。

1仏教で、悟りへ近づく方法、あるいは悟りに近づかせる方法のことである。

2仏教以外の物事について導く・説明するための手法のこと。真実でないが有益な説明等を意味する場合もある。「嘘も方便」という慣用句ではこちらの意味で使用されている。

3上記の意味がさらに転じて、都合のよいさまを悪く言う場合にも用いられる(「御方便なものだ」)。あるいは、「詭弁」とほぼ同じ意味で用いられることもある。

現代用語からすると、2番が、一番ふさわしいと思う。

相手を、説得せざるえない時に、止むえず、この「方便」を使用した記憶がないこともない。決して、相手を欺こうとしたわけではないが、最短距離で、相手を説得する必要がある時に、トライすることもある。

サッカーで云う「キラーパス」が、ここ一番で必要な時に放つようなもの。

私自身、最近、この方便で説得されている経験がある。

相手が、自己紹介に際して、行った説明が後から、考えるとあり得ないのだ。

途中で、気付いたが、自分も欺かれたままの状態の方が、得と思われるので、

それを信じたふりをして、行動をした。

結果、お互いにとって有益な結果が出そうだ。

自分も焦っていたが、相手は私以上に焦っていたのだと、今考えると理解できる。

しかし、それを責める気もない。

むしろ、感謝している。

だから、これでいいのだ。

相手は、私の年齢、行動を見て、瞬時に、、こう話せば、自分の船に乗ると思ったのだろう。騙したつもりもないのでしょう。今日の、自分の活動を見れば、恩人の一人と思う。