アーカイブ 2009年 6月



直方にて

2009年 6月 30日

ここは、直方、写真家 尾仲浩二さんの講演会の会場です。

私は、写真集 1983 直方 北九州 にサインをせがんでいる場面です。

講演会の中で、直接質問することができました。

noogatanite
 

 

 

 

内容は、尾仲さんは、旅の写真の際に、前もってスケジュールは組まれているのか?

これは、いきあたりばったりで、わざとハプニングを期待して、予定は組まないそうです。

 

私が一人旅をするのも、これに近い意味がありまして、と言いましても限られた時間の中なので

大体の予定は組んでおきますが。

わざと、地図を捨てて、その町の中で迷子になるように、自分をしかけます。

ひたすら、町中から町はずれを、さ迷い歩くと、ただ、見えるだけでなく、

水の流れる音や、昔、懐かしい匂いが見つかります。

こんな遊びは、連れがいてはできないもので、一人ならではです。

その町が、つまらないと感じたとしても、それは自分のせい。

とても、楽しい町だとしても、それも自分のせい。

昼飯を食べるのも、食べないのも自分次第。

 

そのうち、その町で、誰かしら話かけてくれる人が見つかります。

決して、名所 旧跡を回るだけではありません。

直方から場所は変わって、ここは麻生太郎の地元 飯塚。

だしと、天ぷらを揚げる匂いに誘われて、路地に迷い込むと

もう、午後三時、昼時を過ぎているのに、客足が絶えない「うどん屋」さんを見つけます。

udonnya
昔、どこの町にもあったような、懐かしいスタイルでしょう。

地元のなまりを聞きながら、うどんをすする、小さな幸せさえ感じます。

この今は、斜陽の炭鉱の町。

隣の席の、おばちゃんたちは、話を聞いていると

昔、この町に住んでいたとか、三十年ぶりに、この町を訪れて、

もし、残っていればと期待して、路地に入ったら、この店が、そのまま残っていたと。

一口、すすると全く、昔と同じだわと感動しておられました。

私の生まれた町に、これに当たるものがあるのかなと、思いを巡らせました。


プラネタリウム  大塚愛

2009年 6月 29日

少し、前に友人に

「大塚愛は、聞かないのか?」と言われ、さすがに、それは、二十代が聞く曲でしょうと答えますと

そんなことは、ない、三十代、四十代が最近は聞くのだと?planet
しかし、自分の往診車の中から名曲「さくらんぼ」が流れながら、

患者さん宅に滑り込む姿は、少し、いや大いに違和感がある。

それに、もう、おいら。おっちゃんですしね。

愛は、飯島愛で、もう終わっています。

まず、この曲あたりから聞いて、この曲の行間を読めと言われましてね。

一週間が経過しました。

 

ネットで答えを調べましたが、盗作疑惑は書かれていますが、その他の手がかりなし。

まず、歌詞を噛みしめて聞いてみてください。



浴衣、花火、流れ星と日本の情緒的なキーワードを散りばめられています。

歌詞を読んでみましょうか?

読み込んで、このジャケット写真を見て、理解できました。

真夜中の三時、メールに

「------ということか?」

返信

「正解、さすが、もうすぐ小説家ですね。」

みなさんも考えてください。

プラネタリウム

夕月夜 顔だす 消えてく 子供の声
遠く遠く この空のどこかに 君はいるんだろう
夏の終わりに2人で抜け出した この公園で見つけた
あの星座 何だか 覚えてる?
会えなくても 記憶をたどって 同じ幸せを見たいんだ
あの香りとともに 花火がぱっと開く
行きたいよ 君のところへ 今すぐ かけだして 行きたいよ
まっ暗で何も 見えない 怖くても大丈夫
数えきれない星空が 今もずっと ここにあるんだよ
泣かないよ 昔 君と見た きれいな空だったから

あの道まで 響く 靴の音が耳に残る
大きな 自分の影を 見つめて 想うのでしょう
ちっとも 変わらないはずなのに せつない気持ちふくらんでく
どんなに想ったって 君は もういない
行きたいよ 君のそばに 小さくても小さくても
1番に 君が好きだよ 強くいられる
願いを 流れ星に そっと 唱えてみたけれど
泣かないよ 届くだろう きれいな空に

会えなくても 記憶をたどって 同じ幸せを見たいんだ
あの香りとともに 花火がぱっと開く
行きたいよ 君のところへ 小さな手をにぎりしめて
泣きたいよ それはそれは きれいなそらだった
願いを 流れ星に そっと唱えてみたけれど
泣きたいよ 届かない想いを この空に…。


まだある

2009年 6月 28日

090628_105530_ed.jpg

まだ、見つくしたとは思っていませんが、まだ、味わい深い洋館は日本に多数残っています。今日訪れた港町にも、こんな教会が残っていました。まだ、旅はやめらません。わびさびを感じながら、一歩ずつ、進む旅です。