アーカイブ 2009年 4月



会場は、こちらのは八階でした。

2009年 4月 27日

会場は、こちらの8階でした。

会議と言うよりも、顔合わせと言った雰囲気でして

出版社側の担当の方一名、私と、もうひと方、私のアドバイザー的な方の3人で

和やかに進みました。

直感で感じたのですが、編集側の方と私は、同年齢であったことも話しやすさの一因であったと思えます。

この本の意味、

患者さんが在宅で過ごすこと、

在宅で看取るということ、

日本人が、ここ数十年で失ってしまった、「死生観」について。

担当の方は、私のブログも全部チェックしていただいていた。

週末の一人旅の話も出ました。

あの旅の意味も、お話しました。

まだ、残っているが、後、数十年後には消えてしまうであろう、

日本の原風景に対するオマージュだと。

現地では、昔の暮らしや、家の構造に、家族という考え方、村の共同体という考え方が

残っていると。

もし、続けて何かを書けるならば、こういった内容も散りばめたいと。

強いては、日本人という民族の失ったアイデンティを取り戻す作業になるでしょうと。

まだ、映画館に行ける身分ではないので

「送り人」は見ていないが、原作である「納棺夫日記」を読んでいると

方向性は似ていると思える。

原作者の気持ちは理解できる。

原作者が映画の舞台を、山形でなく原作通り、富山で行いたかったのも然りである。

富山の民度と風景は、強烈なものであろうし、他の地で妥協するわけにはいかぬでしょう。

何卒、無名の開業医の本を出す暴挙を、認めていただきたいと。

制度で在宅医療や在宅死の数字を上げようとしても、無理である。

今の、日本人は死ぬ場所を病院と決めてしまっている。

「死」が家族のものでなく、他人ごとになってしまっていると。

なんとか、前向きに検討したいとお答えをいただきました。

社内会議は、GW明けのようです。

吉報を待つしかありません。


そして、今日の

2009年 4月 26日

そして、今日の
面接会場


古瀬戸

2009年 4月 26日

古瀬戸
神保町の老舗喫茶。
多くの文人達に愛された。もう、座って十分経過したが、居心地が、まだ、悪いのは、私が文盲に近いからか?