アーカイブ 2007年 11月



そして、受験生は帰った。

2007年 11月 30日

例の受験生、筑波大学受験後、クリニックに遊びに来てくれました。

夜、食事を一緒にしながら話してみました。

「うちは、なぜ、知ったのか?」

「日経新聞の、つくばフォーラムの記事を読みました。

そこに、クリニックの名前が載っていました。」

「つくば市が大好きで、学生生活も、その後の研修もつくば市で送りたい。」

受験はどうでした?

「倍率は、10倍ほどでとのことで。」

その後、話を聞いてみると、やはり、女子学生の受験が多く、驚いたと。

「受験会場には、母親が付いて来るのはあたりまえで、

両親が同伴してくる者も、かなり多かった。

かなり、過保護な印象を受けた。」

今日、受験にきた彼は、一人でやってきたそうです。

その他、いろいろ、話して駅に向かいました。

受験が終わったら、また、遊びにおいでと別れました。

話していて、すごく、好印象で彼のような人物こそ、合格すればいいのになと思っています。

これからも、何らかの形で連絡を取り合う仲になるでしょう。

是非、サクラが咲いて欲しいものです。


病診連携

2007年 11月 29日

病診連携と、簡単に言いますが、果たして、

これがどこまで世の役に立っているのかわかりません。

東京のブランド病院から退院してきた患者さんがいます。

相手先の病院からは、絶対、迷惑をかけないから頼むとのことでしたが。

最近、舌の根も乾かぬうちにという事体がありました。

患者さんは、この病院の整形外科と消化器外科に罹っております。

外科は、大腸癌で、術後、人工肛門となっています。

先日は、整形外科の定期受診日でしたが、車椅子を使って

寝台車を使用しての、それは大変な通院でした。

しかし、その日は朝から腹痛がひどく、整形を受診した際に

腹痛を医師に告げると

「それは、大変だ。整形は問題がないから、早く帰って、往診してもらいなさい。」

と帰されたのだそうです。

途中、苦しみながらの帰宅、自宅に帰ると、もう、夜の七時。

今から。往診を依頼するのも失礼と思い。その晩は我慢しようとしたそうです。

しかし、深夜を回って、午前5時、どうしても我慢ができずに電話。

痛み止めの注射で、事なきをえましたが、これがブランド病院のすることでしょうか?

往診する前に、院内で問題が起きているのならば、その場で解決すべきでしょうが

それを眼をつぶって、トラブルをパスしようとする。

なぜ、その場で外科に回して、画像診断、腸閉塞を疑って、血液検査をするとかができないのでしょうか?

ちょっと、人格を疑いたくなりますね。


青梅から飯能、そして川越

2007年 11月 28日

先日の私の放浪。Saitama_x_3

限られた時間で、

いかに効率よく満足するかを考えた。

初め、佐原か、栃木市を見て、

それから、川越に入ろうかと

無謀な計画を立てたが、

青梅も最近、流行らしいと考え、

さらに、青梅から川越には

青梅線と川越線を拝島でつなげば、

一本で行けるとわかり、このルートになりました。

東京駅から青梅、なんか、すごく遠い感じがしました。

新幹線で京都とは言わないまでも、名古屋にいくほうが近いような。

埼玉県 飯能市を抜けていく感じになるわけですが。

昔、飯能(ハンノウ)の由来として、朝鮮語 ハンナラ説があると本を読んだ記憶がありました。

ハンナラとは、大きな村 とか  一つの村  とか 我が村 とか約すようです。

韓国には、政党として「ハンナラ党」があることもご存知でしょう。

Komagawa_2 

途中、高麗川

コマガワ という駅名が

あります。

高麗 これを見れば

古代朝鮮を連想するのは

わたしだけではないでしょうね。Komakoma

ここにある高麗神社(コマジンジャ)には

この看板が掲げてあるようです。

小さく、「句」の文字が書かれているのです。

昔、このエリアは高麗郡と呼ばれ

高麗郡飯能町の時代があり、その後、入間郡に編入し、飯能市となった歴史的経緯があるのそうです。

埼玉の地名、「新座」は、もともと、この地は新羅郡として渡来人が移住した町であったそうです。

「志木」も「新羅」を意味するものと、埼玉 武蔵野と朝鮮の結びつきは、歴史的に深いようです。