アーカイブ 2007年 4月



在宅医療の報酬上げ

2007年 4月 30日

今朝の日経新聞、いきなり、「在宅医療の報酬上げ」が書かれています。
正直、ありがたい話ではありますが、患者さんが在宅に戻れないのは、
在宅医療が決して、うまく、動いていないからだけではなく、他の要因が、かなり多いと思われます。
人材の確保に関しては、医師よりも、訪問看護の人数を確保する必要があると思えますが、
先日も、あるスタッフと話しましたが、実体は過酷なものです。
夜間のオンコールをしながらも、翌日は通常の勤務。
患者さんや御家族は、入院中よりも、精神的に依存度が高く、肉体的にも、精神的にも負担が多いと思えます。
今朝のニュースでも、施設での療養を促していますが、どれだけの施設が患者さんの看取りに意義を感じているでしょうか?
実際は、熱が出たといっては、病院に、認知症で集団行動が取れないといっては、精神病院に送り、
入院先では、もう、治療の施しがないと言って、また、投げ返すということが続いています。
施設内の方々と話し手も、なぜ、今、介護保険や在宅医療が叫ばれているのか、わからない現状で
働いている方が多いと思います。
また、我々、日本人は、家で死ぬという感覚も、今は持ち合わせていないのです。
もっt、別な方法で対処しなくては、解決には至らないと考えています。


近江商人

2007年 4月 29日

風邪が80パーセントほど抜けつつあります。

少し、大人しくしていようと、本を読んでいると、この言葉を見つけました。

以下、抜粋

「三方よし」

これは、「売手よし、買手よし、世間によし」のことを言い表したものです。

商売を行うからには儲からねば意味がありません、
そのためにはお客さんにも喜んでもらわなければなりません。

ですから「売手よし、買手よし」は当然のことといえますが、
近江商人には、このうえに「世間よし」が加わって「三方よし」となります。

これは300年生き続けてきた理念で、近江商人特有のものとなっています。

自らの地盤を遠く離れた他国で商売を行う、近江商人においては、
他国において尊重されるということが、自らの存在を正当づける根拠にもなりますから、
「世間によし」という理念が生まれてきたといわれています

リンク: 近江商人の経営哲学. より

地域で認められなければ、存在する意味がないということでしょうか?

地域医療という言葉が、最近、よく、使われますが、

この言葉の意味ほど、まだ、曖昧なものはないと思います。

「三方よし」の発想は、地域医療にも取り入れなければならぬ思想と思えます。

「患者よし、病院よし、世間によし。」

病院というよりも、この場合は、医療、介護全てを含むことになりますが、

全てが、幸せにならなくては、継続は難しいでしょう。

今のままでは、例えば「訪問看護」の担い手も、なかなか、見つからなくなるでしょう。

肉体的にも、精神的にも、つらいものがあるでしょう。


ヒポクラテスたち

2007年 4月 28日

昔、こんな映画がありまして、Hipocrates

ヒポクラテスたち

大森一樹監督

  古尾谷 雅人  伊藤 蘭が出演していて

この中で、こんなシーンがあります。

Hipo2

原田芳雄演じる徳松助教授が

手術実習で、フラフラになっている学生に

向かって、罵声を浴びせる場面があります。

正確な、セリフは覚えていませんが、タバコを咥えながら、

「学生なんて、何もできないんだから、体力しかないでしょう、体力しか、ええ、

しかKり、しなさいよ。」

とうな垂れている学生に、さらに追い討ちをかけます。

いつか、こういう場面を、自分もやってみたいなと思いながら、自分も、

この徳松助教授に年齢が近づきつつあります。

丁度、今、来ている研修医、4人を目の前に、

檄を飛ばしてみたいなと、機会を狙っています。