アーカイブ 2006年 10月



信仰と宗教

2006年 10月 28日

私のようなバチ当たりが、書くのはいかがと思うが、

少しカルト気味の信仰に足を踏み入れた患者さん、家族と話すと

こちらの病状の説明が伝わらぬことがある。

信仰が、あまりに科学に依存していても、問題があるかもしれないが

あまりに、神話的なものが多いと、人の生や、命があまりに現実からかけ離れた存在になってしまう。

wikipediaで、宗教の項目を調べると、いくつかの要素の中に下のものが書かれている。

  • 病、死、天災、収穫、天候、などが何であり、どのように訪れるかについての説明。
  • 集団や個人の生活の営み方。祝い事、祭り、儀式、祈り、禁忌、など。
  • 命、死、死後の世界、などについての説明。
  • 善行、悪行に対して与えられる報いについての説明。
  • 時間の始まりと終わり、空や地上や海の起源や形状、星や太陽や月の実態、世界の起源や終末についての説明。
  • 価値観と世界観(価値観とは人生や社会において何が大切であるか、何をしてはならないか、などを規定し、世界観とは、この世界はどのような成り立ちをしているかについて、のべた考え方を表すもの。)
  • ビジネス化されたオカルトは、人に安らぎは与えず、不安だけを残す。

    目の前の老化や死からは、目をそらし、意味不明の終末観だけを残す。

    以前も書いたが、精神修養の場であって、困った時に現実的な救済や

    指導は得られないのならば、それにすがる必要があるのだろうか?

    いかなる宗教も、時代に影響を受けて変化する部分があって然りと思える。

    原典を変更せよといっているのではなくて、大戦下では平和を訴える必要があるだろうし、高齢化社会では、その形態にシフトする必要があると思える。

    良い宗教も多くあると思えるが、現実的な死生観を持たぬ宗教、信仰は邪魔というより、

    悪魔。


    貴族の森

    2006年 10月 27日

    今日は、都内から友達が来て、車に乗せて、いつもの如く

    往診していたわけ。

    つくば市の、はずれまで来て、午後3時。

    しかし、次の患者さんは、後30分ほど、入浴サービスが入るため

    さすがに踏み込めない。Location

    中途半端な空白の時間ができてしまった。

    少し、この辺りのロケーションを案内しようと

    車を、さらに郊外にむけ294号バイパスを走ると

    彼は、「この風景はどこかで見た記憶がある。」

    「そういうの、ディジャブ(既視感)というのだよ。」と話すと

    「いや、この風景は、うーん、昨日レンタルして見た、 シ モ ツ マ。」

    「そう、このまま、10分ほど走ると、下妻市、行くか?」

    「あああ、この喫茶店、これだ。」と地元の人なら知っている、このチェーン店。

    「入りたいか? 入ったら、好きなコーヒー奢ってくれるか?」

    「何でも、奢るから、中に入って。」Kizoku

    店内に入ると、このポスターが貼られており、

    彼は、さらに歓喜の表情を浮かべる。

    席について落ち着いたところで、

    「これ奢ってね。」と指を指すと絶句していた。Coffee

    貴族の森 スペシャル

    貴族王族珈琲 9995円 税込み 10494円

    当店の自慢とする日本一高い珈琲でございます。

    よろしくね。

    「君には、下のブレンドを薦めます。」


    患者さんもオオラカだった。

    2006年 10月 26日

    研修医も2年目に入った春に、県西総合病院という田舎の病院に、たった3ヶ月ほどだが在籍させていただいた。

    初めて、大学病院の外に出たという開放感と当然、不安があった。

    ここでの経験は、今の自分には貴重なものとなっている。

    この土地は、岩瀬、今は桜川市と名称が変更されているが、のどかな所だった。

    駐車場の中に、築30年以上のあばら家が立っていて、

    そこに、住み込んでいた。

    初日、透析室に集合と言われ、出かけると、透析の患者さんが、次々と部屋に現れベッドの横たわっていく。

    私は、何をするのか?

    透析患者さんの、針刺しを50人ほど行うのだという。

    「すみません、未経験です。」と当時の婦長殿に話すと、指導してくれた。

    あれだけ、太く怒張した血管だから、刺すのは容易いと思ったら、大間違いだった。

    何度も使われた血管は、硬く、針が刺さらない、やっと刺さったと思い、ラインに繋ごうと思い、目をそらした瞬間、押さえ方がまずく、血が噴出していった。

    血は、私の頭上を超え、きれいにアーチを描いて向こう側の壁に向かって飛んでいった。

    「おお、ハイプレッシャー。」と心の中で叫んだ。

    動揺は隠せなかった。

    「すみません。すみません。」と謝りながら、次々と針刺しを行った。

    正直、私、不器用な男です。

    というより、慣れるのに、ほかのみなさんより時間がかかります。

    初日、透析室は修羅場になった。

    そして、私は泣きたくなった。

    ピーター アレンの名曲の詩が頭の中にリフレインされた。

    Don’t cry out loud(あなたしか見えない)Anatasika

    We don’t cry out loud
    We keep it inside
    We’ve learned how to hide our feelings

    訳  もう、大人なんだから、

       大声を上げて泣いたりしちゃだめ。

       哀しみは、心の中に留めて、

       どうしたら、この感情を抑えられるか

       知っているはずだから。     

             邦訳 by 湯川れいこ じゃなくて PIRANO

    以下 ドクピラB 参照

    リンク: ドクピラ :: The Another Side: Don’t cry out loud あなたしか見えない.

    血液のアーチ、床は血の海。

    私も、肉体的に精神的に疲労した。

    婦長殿もボロボロだった、しまった、エライノが来てしまったと思ったことだろう。

    しかし、不思議と患者さんは、暴れなかった。

    その日以来、透析室に行くのがトラウマになった。

    実に居心地が悪かった。

    急患が入れば、ここから救急室に出られることがわかった。

    急患が入るのが待ち遠しかった。

    「急患です。」とコールされると、

    「ああ、しょうがないな。」と言い残して、ほっとしてここから出て行った。

    そして、この病院の最終週。

    何とか、無駄な血液を飛ばさず、針刺しができるようになっていた。

    慣れれば大したもんじゃねえと気を抜くと、しかし、血液のアーチが飛びそうになったが。

    そして、この患者さんは、俺苦手なんだよという患者さんの場面にきた。

    何が苦手かって、刺しにくいし、一言も口を聞いてくれないんだもの。

    きっと、俺のこと怒っているんだろうな。

    いつも、サングラスをかけたまま、ベッドに横たわるので、

    表情すら窺い知れない。

    その日、消毒をし始めると、突然、ボソッと話し始めた。

    「今週で終わりだよね。」

    話した?手が思わず止まってしまった。

    「3ヶ月して、慣れて、やっと任せられると思うようになったら

    また、交代、来週はまた、新人が来て大騒ぎだね。

    でも、この3ヶ月、新人を眺めているのも面白くてね。

    また、戻って来てね。」

    そう、患者さんもおおらかだった。

    院長も、副院長も、看護師のみなさんも、おおらかだった。

    私だけが卑屈になっていた。

    いい時代だった。

    ここの透析部長のI先生、奥様も、元腎臓内科医で、今は、ある地区の保険所長に就任されている。仕事柄、時々、お会いするが、旦那は、まり、私のことを話していないようだ。

    助かった!