アーカイブ 2006年 9月



同門会

2006年 9月 30日

夜、6時30分から。呼吸器内科同門会出席。

何よりも、嬉かったのは、みんなと会えることです。

大半の先輩は、普段、仕事の中で、御迷惑をおかけしているので

お会いしていますが、この日は、

初代教授の、長谷川先生が遠路、訪れていただきました。

「最近、がんばっているらしいじゃない。

君がいることは、自宅で死にたいと願う人にとって福音ですよ。」

と声をかけていただきました。

先生のスピーチの中に

「私を知らない世代の方もいらっしゃると思いますがーーー。」

という言葉がありました。

他の科の初代の教授に、夜、呼び出されてこう言われたことがあります。

「同門界に行ったら、誰も私の周りに来ないんだ。知らない、おじさん扱いされたから

もう、あの会には行かない。お前らを呼び出して、遊んでいたほうが楽しい。」

そう、同門会を活性させなくては、こういった悲劇が起こるわけですね。

「お前たちが、もっと外から盛り上げなくてはね。」

とこの日も、諭され、少し、外に出て考えてみましたが

この同門会、一つとっても、難しいものがあります。

世代間のコミュニケーションの断絶というものがあります。

コミュニケーションは、いわゆる一つの愛情表現と思います。

ゆえに、片思い的な一方的なものは、いずれ継続不能となるわけですよね。

今、自分の仕事の中で、考える言葉にコミュニテイというものがあります。

人が数人集まれば、コミュニテイというのかも知れません。

公衆衛生の最初の授業でも、当時の教授が、やかましく、この言葉を

連発していたのを思い出します。当時は、全く、考える気にもなりませんでしたが。

なぜ、難しいか、こんな例があります。

その日、あるレジデント達が、焼肉屋で宴会をしており、

私の携帯に電話をかけてきました。

つまり、私を財布にしたかったわけですね。

若手と話せるのはいいことだと、そこへ参上しましたが

やはり、勝手に酔っ払い、ウダを巻き、私には誰も、話しかけてきませんでした。

最後に、私に領収書だけを持ってきました。

実に悲劇です。

私は、現金を叩きつけ帰ろうとしましたが、玄関まで誰も、見送りに来ませんでした。

さらに、翌日、別件で大学病院に用があり、歩いていると

昨晩の研修医グループが向こうから、固まって歩いてきました。

そこで、また、悲劇が私におこりました。

挨拶も、全くなく、通りすぎていきました。

視野狭窄?  認知不能? 発語障害?

こんな時、15年前の私だったら、どうするか?

「どうも、どうも、どうも、昨日はありがとうございました。

お忙しいのに、すみませんでした。レジデントの平野です。

先生のお話、とても、面白かったです。

また、いろいろ教えてください。

今度、また、あんな席ですが、お呼びして、よろしいでしょうか?

本当ですか? みんな、喜びます。

先生、何か、いいアルバイトありましたら、まわしてください。

先生の患者さんに、私のようなものが、何もできませんが、

入院が必要でしたら、お電話ください。

本当に、ありがとうございました。」

ざっと、こんな具合ですね。

もちろん、心からの感謝を込めて、

そして相手方には、何をしたら喜んでいただけるかを考え、

さらに、今後も継続的に、関係が円満に続くように。

これが、コミュニケーションでした。

そして、この関係は、今も続くわけです。

岩崎先生、加納先生、どうも、ご馳走様でした。

また、どこかでお話を聞かせてください。

岩崎先生に電話をしてみようかな、しばらく、お会いしてないし

新橋のガード下で、飲もうって、手紙に書いてあったけど。


私の知りたい情報

2006年 9月 29日

まもなく、9月も終わりますが、うちに来ていた、二人の研修医の先生も

9月で交代です。

何もしてあげられなくてすみません。

キムラ先生と、患者さんの退院カンファレンスに出て、

診療情報提書を読んでいると

ワープロうちで、データも詳細で、すごく、熱意のこもった提供書ですが、

大切な内容が欠けているのです。

訪問診療で、一番大切なのは、病名でも、年齢でもなくて

実は、住所、電話番号なのです。

もちろん、後から聞けばいのですが、

どんなに、重症でも御近所なら、問題ありません。

病名でお断りすることはありませんが、エリアで、お断りすることはあります。

以前、こんなことがありました。

電話で、今度退院する胃癌の患者さんの依頼を受けてお話を聞いていました。

「末期、問題ありません。中心静脈栄養OKです。麻薬OKです。

いつからでも、いけますが、できれば週の頭の退院にしてください。

土日の退院は、薬の調達や、在宅酸素の準備も比較的困難です。」

と、順調に話は進み、最後の場面。

「すみません、御住所、教えていただけますか?」

「潮来市です。」

「すみません、それは無理です。」

「なぜですか?」

となってしまうのです。

そう、実は私が一番知りたいのは、実は住所です。


ホスピス病棟と在宅ホスピス

2006年 9月 27日

ホスピス病棟と在宅ホスピス

 最近、新聞でもホスピス(hospice) という言葉を、よく、目にするようになった。治療不能となった末期癌患者さんに緩和ケア、つまり、疼痛対策を主に身体的疼痛、精神的疼痛特に死に対する恐怖の除去を行いQOLQuality of life 生活の質)を上げることに主眼を置いた治療行為を提供する場を意味する。

 ホスピスの原義は、中世のヨーロッパにおいて旅の巡礼者を宿泊させた教会の施設を意味する。その旅人が、病や健康に障害をきたし旅の継続が不能に陥った場合、そのまま、治療、療養を行った。現在の病院を意味するホスピタル(hospital)も、語源をここに有するが、当時の意味としては病院だけでなく、療養所や、孤児院、老人ホーム、ホームレスの収容する施設など広範囲をカバーした。

 ホスピタリティ、つまりHOSPITAL+ITYとは、訪問者や旅人を歓待、厚遇することを意味する。

 現代のホスピス、つまり緩和ケア病棟の歴史は、世界的にも、まだ浅く、イギリスにおいてシシリー・ソンダースが1967年に聖クリストファー病院にホスピス病棟を開設したことを起源としている。日本では、淀川キリスト教病院、または聖隷三方原病院が他院に先駆けて開設している。

私が、今、危惧しているのは、このホスピスの意味が、世間では曲解されている可能性があることである。私自身も、曲解している可能性がある。何か、参考文献を読もうかとも思ったが、今、現在の私自身の在宅医療を経験した上での私見として、ホスピス、そして在宅ホスピスを、ここでは考えたいと思う。

例えば、癌の末期の患者さんが、いよいよ、全身が衰弱し、食事もままならなくなった時に、こう言われた事がある。

「是非、父をホスピスに入院させて、元のように、歩いたり、食べられるような姿に戻してください。」

こういった希望を持ってホスピスに入院した場合、その後の経過を考えると、御家族も、患者さん本人も、絶望してしまうだろう。患者サイドに立った場合、なぜ、入院しているにも関わらず、日に日に様態が悪化していくのかと訴えてくるケースが多い。医療は万能ではなくて、現在も不老不死をもたらすには至っていない。つまり、いかなる医療機関も、あるステージを越えた癌、もちろん、他の疾患に関してもそうだが、無力である。もし、病を医学の力で乗り越えられたとしても、その背後には加齢がついてくる。だから、寿命というものは、いずれ、訪れる。入院しているのに、なぜ、死ぬのかと家族に聞かれたこともあるが、これも、同様の理由で、超えられないものがある。つまり、曲解、誤解がその後の、患者さん、御家族の不満をもたらしていることが多いのだ。ゆえに、ホスピスを利用するにしても、ホスピスの目的を、しっかり、相互理解した上で、本人、家族が必要と考えれば入院を検討するべきであろう。よく、緩和ケアが一般病棟ではできないのではないか?とか、自宅ではできないのでは?と疑問の声があるのだが、私としては、いかなる病棟でも、自宅でも可能と考える。麻薬を最終的に使用する場面が訪れるが、今は、自宅でもこれらの薬剤を使用することが容易になった。剤形の工夫によって、今ではハップ剤の形の麻薬もあり、家族にとっても、使用法違法が容易になった。ある特殊なケースを除いては、自宅での終末期医療は技術的には可能である。呼吸困難に関しても、在宅酸素を持ちいることにより、ある程度の対処はできる。ホスピスのベッド数は以前少数で限られており、みながここに入院できるチャンスは物量的には無理だ。今の医療制度上、一般病棟も入院日数の制限があり、長期の入院は難しい。そう実のところ「死を迎える場所」が圧倒的に不足しているのだ。だからと言って絶望してはいけない。自宅を最後の場所に選ぶことも可能だ。あるホスピス病棟で、自宅を最後の場所として希望する人は40パーセントはいると言われている。私は、癌以外も含めて、ある程度様態が落ち着いているうちに、本人や家族の気持ちを聞くために、「最後は、どこで迎えたいですか?」と尋ねている。これに際して、なるほどと思ったケースがある。男性は、「俺は、できれば家がいいな。」と躊躇わずに答えることが多い。しかし、女性の場合「家もいいけど、やはり、最後は病院かな。」と答える場合が多い。この両者の相違は、以下のことに起因している。今の高齢者層は、まだ、亭主関白の時代で、ある程度自分の意思、我儘を通してきた世代である。逆に女性の場合は、やまとなでしこの世代で、主人に追随する世代である。女性の場合も、実は家にいたいのだが、夫に自分の世話をしてもらうのは不可能、ほかの家族にも迷惑をかけたくないから、大人しく病院にいようと考えているのだ。だから、潜在的には、もっと多数が、自宅を選択する可能性もある。