アーカイブ 2006年 2月



鬼籍の人 1

2006年 2月 28日

昨日は、何事も起きなかったと、ほっとしていましたが、朝七時に、電話。

90代の、私の患者さんが、呼吸が止まっているようで、救急車を、今、呼んだとの事。

電話で、御家族と話していると、救急隊と代わってくれとのことで、話してみると

すでに、心配停止状態で、心肺蘇生中とのこと。

一月前から、状態が思わしくなかったので、普段、御家族も仕事で忙しいので、日曜日に出向いて今後のことを話し合ったんです。

2時間ほどかけて。

私は、これは病気じゃない、立派な老衰だとお話したのですね。

家族も、できれば、最後は自宅でとお話しされました。

ただ、いつも、私は付け加えるのですが、方針は方針で、予想できぬ事態もありうるので、

その時は、病院や施設に移ることも恥ずかしいことではないですよと。

予想できない事態とは、例えば、介護者の健康上の問題が発生したときなどです。

そして、もし、朝冷たくなっているようなことがあったら、お時間を頂ければ、必ず、ここで、診断書を書きますから、待っていてくださいね。

119番とか、110番をかけずにね。

きれいな、最後を迎えさせてあげましょう。

こういつも言っているのですが。

まず、御家族を、落ち着かせようと、「一時間ぐらいで、そこに到着するから、どうだろうか?」

と声をかけると、

「親戚が集まってきていて、私の一存では決められない。」

こうなっては仕方がありませんから、せめて、転送先の当直の先生に、電話でもと思い行き先を聞くと、この患者さんが、一度も、受診したことがない病院とのこと。

電話をつないでもらうい、御家族は、延命はおそらく、希望していないと思うと伝えました。

しかし、もう一度、御家族の意思を確認してくださいと伝えました。

延命をしないのに、救急車で病院へというのも、なんか矛盾した話です。

ちょっと、というか、かなりがっかりしていると。

30分ほどして、また、電話があり。

御家族から、「もう、こと切れているとのことで、死亡確認していただきました。」

少し、ほっとしました。あの患者さんが人工呼吸器には、つながれなかった事が、せめてもの救いです。しかし。

「いや、それが大変なことになっちゃってさあ。自宅で亡くなって、この病院にかかったことがないから、今から、警察がきて検死だって。」

やはり、後悔することになってしまった。

あと、一時間待っていてくれれば、いつもの、あの場所で、ゆっくりと深い眠りに、今頃つけていたのに。

別に、御家族を責めているのではありません。

法律や制度どおり行けば、確かに、検死かも知れない。

最近の朝刊を見ると、在宅死を、現在の10%から40%まで引き上げたいと国は言っている様だけど、制度だけでなく、何か、この国には家で死ねないものがあると言うか、何か欠けているというか、うーん。

鬼籍に入るのも困難だらけですね。

【鬼籍】 きせき

死者の姓名などを記入する帳面。過去帳。点鬼簿。
――に入(い)・る
死んで過去帳に記入される。死亡する。



雨の一日

2006年 2月 27日

 今日は、久しぶりに患者さんからの電話もなく、一日が終わろうとしています。

オリンピックも、終盤で、日本は金メダル一つで、終わろうとしていますね。

今回の印象は、参加することに意義があるとかでなく、負けても絵になるオリンピックという感じですね。

村主選手のインタビューなど、引退どころか、さらに次期オリンピックを目指すという悲壮な決意が伝わってきます。

26日20時現在で、国別のメダル数を見ると   

リンク: 国別メダル – 2006年トリノ五輪 : nikkansports.com.

現在 一位 ドイツ 二位 アメリカ 三位 オーストリア

日本は、金一つで18位 。

以外に、健闘しているのが、韓国の6位。

この結果を不甲斐ないと考えるのか、どうか?

例えば、大英帝国は、銀一つで 21位。

東京オリンピック、札幌オリンピックの時代は、国は、成長期にあり、その精神的な高揚の表現のためにも、メダルは必要であったと思います。

しかし、今、成熟した国家を目指すのであれば、数は問題とならないでしょう。

誰も、イギリスが落ち目とは、誰も思わないでしょう。

最近、国が発表した目標の一つに、ノーベル賞の大量生産的なものがあります。

これに、関して一部学者から、はしたないとの発言がされています。

リンク: MSN-Mainichi INTERACTIVE 理系白書.

 ノーベル賞への思いに、政府と研究者の間でギャップがあるのは日本も同じだ。

 「ノーベル賞を50年間に30人程度輩出する」。日本の「第2期科学技術基本計画」には、他国には例のない数値目標が盛り込まれた。01年にノーベル化学賞を受賞した野依良治・理化学研究所理事長をはじめ、多くの研究者から「はしたない」との批判が起きた。

 目標は今春からの「第3期」にも引き継がれた。発案した尾身幸次・元科学技術担当相は「基礎研究が大事だと百回言うより、この目標があれば誰でも分かる。若者が『よし自分も』と科学を志すような社会を目指すという旗だ」と説明する。この計画をてこに、今春から5年間の科学技術への投資目標は、第2期を上回る25兆円に達する。

 ノーベル賞の受賞には、政治的なロビー活動も必要とされ、日本は、比較的不利といわれています。おそらく、受賞しやすい研究テーマというものがあり、そのジャンルだけ狙いにいくというのは、どうかとも思われます。

 医学においても、非常に稀な病気が置き去りにされ、生活習慣病といった一般的な研究に予算がつきやすい傾向もあります。

研究というものも、もとはと言えば、貴族の遊びが発展したものでしょう。

今の時代だから悠長なことは言ってられないけど、日の当たりにくい分野にも、陽射しがさす、成熟した社会が、望まれるのではないでしょうか?


気配り

2006年 2月 26日

最近、患者さんも含めて、公私にわたって、人と会う回数が増えています。

会っていて心地よい人と、二度と会いたくない人というのは、頭のどこかで、失礼ながら

分類されていきます。

私も、相手の方の頭の中で、「また、会いたい。」とか「二度と会いたくない。」

と分類されているでしょうね。

この差がどこにあるのかは、説明不可能ですが、ファーストコンタクトの一瞬で決まることも

多くあるのではないかと思います。

例えば、先日合った2例ですが、病院の廊下で久しぶりに会った恩師に

「おい、平野、儲かってるか?奢れよ。」

一瞬にして、この恩師にネガティブな感情が沸き起こります。

堅気との会話とは思えません。

逆に、ある恩師に

「いつも、大変な患者さんばかりで申し訳ない。体に気をつけてね。」

こう、切り出されれば、一瞬にして、この方のためめなら、なんでもしようと思わせます。

さらに、

「おまえ、評判いいねえ。」

と言われれば、もう、あなたのしもべとして働いちゃいますよという気になります。

これが、全てではありませんが、気付かぬうちに、サービス精神、または、気配りができる人と、この逆で相手を虐げることによって快感を得ようとする人間の二通りがあるようです。

そういう私も相手を意図的に怒らせていることがありますが。

その後の立ち話で、愚痴や、他人の悪口を、延々と語る人もいますが、これも、お相手していて疲れます。

逆に、今後の自分のプランを目を輝かせて話している人と話していると、一時間ほど、コーヒーも飲まずに話していても、疲れどころか、時間があっという間に経過していきます。

私のところに、昔、よくいらっしゃる銀行の方がいらっしゃいましたが、私は、借り入れをする必要も、気も全く無かったのですが、何度もいらっしゃいました。確かに、融資や借り入れの話は、全くでませんでした。

「なぜ、いらっしゃるのか?融資の話もできずに、時間の無駄ではないか?」

と尋ねると、

「いえ、話していて楽しいです。サービス精神が一杯ですから。前向きになります。」

との事でした。

なぜ、こんな事を、今日書いているかというと、「もてなす」という事を考えているんです。

実は、私が往診をしていて、一番困るのが、食事や、飲み物を提供される事なんです。

一日に10件から、臨時で呼ばれたりすると、20件近くなることもありますが、考えてみてください。全部のお宅で、ショートケーキやら、大福、コーヒー、お茶、紅茶となったら、これは地獄巡りになってしまうんです。大体、逆に考えれば、外来にいらした患者さんに、コーヒーやらを提供している病院はないでしょう。

今日一件怒ったのですが、私に、とんかつと、ビールを飲ませようと準備をしていたのですが、お気持ちはわかるが辞退すると、しつこいのですね。大体、お腹が空いているわけではないし、私は下戸だし、私は、その後も、自分で車を運転しなくてはならないし、ビールなんて、とてもと思います。

 前から、辞退しているのですが、ずっと、ビールは出ます。

ドラフトワンだから、大丈夫だと言いますが、飲めない人間は、これでも酔いますよ。

事故をおこしたら、警察に捕まったら、明日から私は仕事ができなくなりますよ。

御家族は、昼間から本物のビールを飲んで幸せそうですが、あなたがたの、「最高のもてなし」大きな勘違いです、私に対する「最高のもてなし」は、何も出さないことです。

最後に、「オマエぐらいの年になると、コレステロールにも気をつけないと駄目だろう。血圧とか?」

ここで、頭が切れました。

「コレステロールや、血圧といいながら、目の前に、酒や、トンカツを並べる馬鹿がいるか。言っていることと、やっていることが矛盾しているではないか?」

こういう大きな勘違いは、よくあります。

以前、夜中の2時に患者さん宅に容態がおかしいと呼ばれたときも、患者さんは、問題が無かったのですが、帰ろうとすると、「少し、待ってくれ。」とのことで、じっと眠いのですが、座って待っていると、食事とビールが出てきました。時計はすでに、午前3時半、目の前には、心のこもった天ぷら、なぜかハムカツ。止めのビール。午前3時に、これが食べられる医者が日本には、どのくらいいるのだろう?感謝の気持ちはわかりますが、その時の私に必要なのは、早く無事に帰り、眠ることが、最大の気配りではないでしょうか?

日本人の気配りの話題で、こんな話を思い出しました。岡山県のヤスダ茶香園に、この話が書いてありました。

http://www.nekonet.ne.jp/yasudatya/nihontya.html

 特に豊臣秀吉は、お茶に関する逸話も多く、関ヶ原の合戦で有名な石田三成との出会いの話は有名です。
 
→→→ある日、秀吉が狩りの帰り、とあるお寺に立ち寄り、お茶をほしがりました。その時お茶を差し出した小姓は、ぬるく薄めのお茶を大きめのお茶碗に八分目ほど(かなりたっぷりめ)出しました。のどを潤した秀吉は一息ついて、さらにもう1杯とほしがりました。今度は少し熱めの、先程よりも少し濃いめのお茶を普通のお茶碗に半分ほど出しました。この小姓の気遣いに感心した秀吉はさらにもう一杯とほしがりました。今度は熱く濃いお茶を小さな湯飲みに少し出しました。最初はのどが乾いているだろうから火傷しないで、ゴクゴク飲めるようにぬるく、胃にもやさしく薄めのものをたっぷりと・・・。ニ杯目は一息ついて少し落ち着いたところで、熱めで少し濃いめに・・・。三杯目となる最後はゆっくりお茶を味わえるように熱く濃いのを少量・・・と言う意味があります。この時の小姓が石田佐吉、のちの三成だったとい伝えられています。この才知に感心した秀吉は、自分の家臣として雇います。

 この話を子供の頃に聞いても、意味がわかりませんでしたが、こういった気配りが日本にはあったのでしょうね。今の時代は、忙しいからとか、ストレス社会だから、余裕がないといわれますが、秀吉と三成が出会った時代も、戦国の明日は命も無い、今よりもストレスのかかる時代でしょう。なぜ、そんな戦乱の世に、後に利休を使い、茶の文化を発展させたのか、不思議に思います。元禄の太平の時期ではないから、逆に秀吉も、やすらぎや、哲学を持ちたかったのでしょうか?

 誰か、この考察を書かれているのでしょうか?

話は、だらだらと、長くなりましたが、食事は辞退させていただきます。

もちろん、ビールもね。