アーカイブ 2005年 11月



老いては子にしたがえ

2005年 11月 30日

私が診ている、ある90代のおばあちゃんは、実の娘さんと一緒に暮らしています。最近、嫁ぎ先の娘さんの家で、一緒に暮らすパターンは、結構、多く見られます。

 血のつながりがある場合、口げんかも、ものすごい勢いで目の前で展開しますが、翌日には、何事もなかったかのように、朝食をともにするという展開は、やはり、嫁と姑の関係とは、若干異なるようです。

 ある日、診察を終え、娘さんがコーヒーを入れに台所に一瞬消えると、このおばあちゃあんの表情が変わりました。

「先生ね、私、ぼけてないんだよ。」と突然言い出しました。

90を超えて、確かにしっかりはしていますが、全く認知症がないわけではありません。言葉につまっていると

「私はね、ぼけたふりをしているんだよ。ここで、厄介になってからね、しばらくは、親子喧嘩ばかりでね。ある日からね、少し呆けたふりをしてみたら、娘との関係がよくなったんだよ。

老いては子に従えっていうでしょう。張り合っていたらだめなんだよね。どちらかが、一歩下がらなくちゃ。」

全く、このおばあちゃんに痴呆がないわけではないけど、この話を聞くと、今までの場面でなるほどと、思う場面があります。現に今も、娘さんが、この部屋に入ってくると、表情をまた、元に戻して楽しそうに話しています。

辞書を引くと

 

老いては子に従え

【読み】 おいてはこにしたがえ
【意味】 年をとったら、どんなことも子にまかせ、子の言うことを素直(すなお)にしたがっていけ、ということ。また、むやみに若い者に対して口を挟(はさ)むな、ということ。

これが、いいのか悪いのかは別として、家族間の関係を自己修正しているのでしょうね。

リンク: 六十歳からが人生の本番その1.

このサイトに欧米と日本の老後の意識の違いが書かれています。欧米のほうが、むしろ、環境は老人に冷たいようです。老後を人生のオマケと考える日本人に比べて、欧米では、これから楽しむんだよという人が多い、この概念の違いが、自立心を促しているのでしょうか?

数年前、先輩、友人たちとサンフランシスコの学会会場から抜け出して、スタンフォード大学に遊びに行ったとき、学生の街かと思ったら、周辺に御老人が結構住んでいて、とても、優雅に歩いているんですね。

 私が、友人たちと昼食に、芝生の上で、スーパーで買った大きなスペアリブとスシロールとスープを飲んでいると、老婦人が、自然と寄ってきて、おそらく、英語で

「あら、そのスペアリブ、とても、おいしそうね。お味はどう?」

拙い英語で

「ええ、私は日本人ですが、私の口には、とても合います。」

そうというと、スーパーの中に入ると、私が一本しか食べないスペアリブを、5本も買ってきて、私の面前で、ペロリと平らげ、その食欲に唖然としていると、

「このスペアリブには、スシロールより、この黒パンのサンドウィッチのほうが合うわよ。」

と、特大のサンドを食べ始めたときには、そう日本が、戦争に負けたのは仕方がない、物が違うのだと痛感しました。

私の夢は、あの漫画の「はじめ人間ギャートルズ」によく出てくる。あの骨付き肉と、マンモスの肉を一度、実際に食べてみたいと、子供の頃から、思っております。

mannmosu

niku


V2 宣言

2005年 11月 30日

さて、間もなく忘年会シーズンがスタートしますが、

今日も、宴会に呼ばれていってまいりました。

ただし、私は酒は下戸なので飲みません。

いつでも、往診可能です。御心配なく。

今日の宴のタイトルは

第60回 国民体育大会 岡山国体

軟式野球一般Bの部

筑波病院野球部 優勝記念



yuusyou

何度か、桜井理事長(桜水会=筑波病院 長寿館)には、今年、優勝して、監督から勇退したいと話は聞いていたけど、優勝するとは思っていなかった。



tyou tukuba

 

この職員の中からの、15人のメンバーで戦ったわけで、「当初は、草野球程度の親睦を兼ねていた。」しかし、そこから、野球経験者を集め、2002年 高松宮賜杯全国制覇を成し遂げ、その後の快挙である。

決勝戦の内容がすごい。

9回の裏に同点に追いつき、延長戦へ。延長21回二死満塁から、タイムリーヒットで、3対2のサヨナラ勝ちで、5時間越えの熱戦は終了。

参戦前のエピソードも泣かせるものであった。

宿泊予定の旅館が開会一ヶ月前に火事で全焼し、余儀なく二人づつの民泊で、乗り越えたという。

理事長の挨拶で、勇退の話が出るかと思いきや、V2宣言と、天皇賜杯を目指すと檄を飛ばされていました。

実は、優勝したけど、胴上げをしていなかったそうです。

延長21回、5時間にわたる試合で、終了した際には、全員、頭の中が真っ白で、胴上げを忘れていたというわけで、胴上げは持ち越しとなりました。

「土浦の野球を全国に伝えたい。」と理事長は壇上で仁王立ちとなっていた。

土浦の野球とは、土浦一校の野球史から語ると

昭和32年(1957年)08月12日 夏の甲子園出場(唯一の出場)、1回戦勝利、2回戦敗退

この時の、エースが後に阪神の監督になる安藤統男氏

  • 安藤統男(高10) プロ野球阪神タイガース監督、現阪神OB会会長、慶大野球部主将、慶応大法卒
  • その時の出場組みで、後に土浦一校監督OBの小倉さんも会場に

    ogura 小倉監督時代に野球部に所属していたのが

    高校生であった 桜井理事長だった。

    他にOBでは、あの人の名前もあがる。

    木内幸男(高03) 常総学院高等学校野球部前監督、甲子園優勝3回、準優勝2回の名将

    土浦の野球という伝統は確かに存在する。

    ちなみに、今年の夏の甲子園出場の藤代高校野球部監督 Mr Harigaeは、10年前、牛久市内のテニスクラブで、一緒であった。「ヤンナチッタ。」が口癖であったが、あんな快挙を成し遂げるとは。

    筑波病院では、V2目指して、職員募集だそうです。

    何と、募集職種は

    左投手 左打者 俊足 強肩 だそうです。

    そのうち、



    kuro クロマティでも、入れるのかも知れない。

    快挙、おめでとうございます。

     


    私のEXODUS

    2005年 11月 29日

    「わたしは、あなたをエジプトの国、

    奴隷の家から連れ出した、

    あなたの神、主である。」

    B面ブログで、EXODUS(出エジプト記)の話を書いたけど、今の自分も放浪状態である。よく、先輩から、家を建てるとか、結婚するとか、クリニックを建てるとか、考えないのかと言われるが、今の根無し草的な生活、浮遊感があって、これが、一番性に合っていると思う。

    まだ、定住する気はないらしい。奴隷だったとは思わないけど、今は、何もかも自由であるし、好きな仕事ができるから、それでいい。

    昨日、かつての同級生で、卒業時は先輩である友人から、激励のメールをホームページ経由で頂きました。S先生ありがとう。今度、少人数で、同窓会でもしましょう。先日、Dちゃんと偶然あったのだ。(D)ですよ、家業を継ぎに、つくばに戻るそうだ。この3年間、勝手なことばかりして、周囲を心配させて、本当にすまなんだ。いつか、罰が下されると思いながらも、ここまで、来てしまったわけで、一度、病院の外の空気を吸うと、なかなか、というか、もう、戻れないと思うのねん。

    2000年以上も放浪している民もいるのだから、数年ぐらい、あっという間でしょう。どこか、道端に倒れていたら、入院させてくれ、国民保険には加入しているし、年金も、ちゃんと、払っているから。

    一昔前、ホームレスな人をレゲエのおじさんと呼んでいたことがありましたよね。

    レゲエのリズムで、御唱和ください。

    ♪EXODUS ♪エクソダス ♪EXODUS ♪エクソダス

    ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ

    EXODUS

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