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もう1つの水脈

2009年 9月 18日

夜の運河

雨夜の運河



サンマルタン運河にほど近いカフェで初めて仲良くなった方は、いつも寡黙で、ちびちびとグラスビールをなめていました。

以前は音楽関係の仕事に就いていたらしく、一度だけジョニー・アリディの話をしてくれたことも。

毎日、昼夜問わず、カフェに行くといつもいたような気がします。

そんな彼がある日突然、カフェに姿をみせなくなりました。

重篤な病気だったとのこと。

そんな話を聞いてから1週間も経たないうちに、彼は旅立ちました。

後に他の知人から聞いた話では、若い頃の彼はだいぶ放埒な生活をしていたようで、それがもとで体を壊し、家族も彼のもとから去っていったそうです。

身寄りのない彼を看取ったのは、カフェの仲間たち。

最後の最後に担ぎ込まれた病院で、彼らは話し合いました。灰になった後、どうするか。

「半分は家族のもとへ届け、半分は運河に流すか」

この案は、仲間たちの間から、半ば冗談で出たものだったのですが、本人はとても気にったらしく、

「これで、僕は永遠にパリに残ることができるんだ。こんなに嬉しいことはないよ」

実際には、灰を運河に散布することは禁じられており、実行に移すことはできません。

そこで、仲間たちはある儀式を行いました。

夜な夜な、待ち合わせの時間を決めて運河に集まり、彼の愛したお酒を運河に流し、そこで皆も彼の思い出話をしながら一緒に呑み、友人の門出が淋しくならないように時を過ごしたのです。

昼の運河

車に邪魔された昼の運河



昼間の運河はまばゆい光を与えてくれます。

けれどもその一方で、人々の営みを密やかに見つめる姿もあるのです。

ピエル


セーヌ川です

2009年 9月 10日

はじめまして、ピエルです。
これから少しずつ、パリを始めとして、フランスおよび近隣諸国で見聞きした様子をお伝えしていこうと思います。
街の風景やそこで生活する人々の様子を、ときにはつらつら、ときには記憶をたぐり寄せながら、綴っていければと。。

フランス人は頑強か?

フランス人は頑強か?



挨拶代わりの今日の写真は、バカンスシーズンのセーヌ川とノートルダム寺院。

パリと聞いて、真っ先に思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。寺院は、セーヌ川に浮かぶ観覧船と一緒に背後から。

フランス革命以前、セーヌ川に渡された橋の上には多くの家が建ち並び、水上で生活していた人も少なくありませんでした。

また、当時の物流もセーヌ川を通じて行われており、まさに日常生活の動脈として機能していたのです。

19世紀に入ると、橋の上のアパートは取り壊され、当時の面影を見つけることはもはやできません。

とはいえ、旅行者をはじめ、多くの人々がこの川を訪れ、写真のような遊覧船に乗ったり、おしゃべりを楽しみながら川辺の散歩をするなど、今でも人々を惹き付けていることには変わりません。
でもそれは気候の良い4月から10月頃までの話。

11月も半ばになると、北海道とほぼ同じ緯度に位置していることから想像できるように、パリでは寒さが厳しく、曇り空の日が多くなってきます(海流の関係で北海道ほどの寒さではありませんが)。

当然、水辺に近寄る気にもなかなかなりません。

そうした環境の中、思いがけない光景が。。

天気が良い昼下がりとはいえ、厳しい冷え込みの水辺にたたずみ、ビールを飲み干し続ける人の影。

それもTシャツ姿で。。

まるで運動後のようにおいしそうに。。

フランスには、想像以上に頑強な方もちらほらいらっしゃるようです。

それでは、これから宜しくお願いします。