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カタストロフィとしての死

2006年 9月 25日

季刊 インターコミュニケーション

P108  タイトル 情報 クライシス カタストロフィ

          メアリー アン ドーン 訳 篠儀直子

日常生活の社会リズムに、何よりもまず包含できないものは死だ。

あるレヴェルにおいて、 カタストロフィはつねに死体に関するもの、

死との遭遇に関するものである。

  中略

現代社会は死を隠蔽するように働いているので、死についての一般的な経験は

表象を通じての代理体験になっている。直接的認識からの死の剥奪という、

ベンヤミンの指摘によれば19世紀に始まっていたプロセスは、今日も続いているのだ。

ちなみに、このベンヤミンとは? wikiより

ヴァルター・ベンヤミンWalter_benjamin_1

Walter Benjamin)は、

ドイツの文芸評論家。

ベルリンの裕福なユダヤ人家庭に生まれる。

文化社会学者として、史的唯物論とユダヤ的神秘主義を結びつけた。エッセイのかたちを採った自由闊達なエスプリの豊かさと文化史、精神史に通暁した思索の深さ、20、21世紀の都市と人々の有り様を冷徹に予見したような分析には定評がある。

第二次世界大戦中、 ナチスの追っ手から逃亡中、

ピレネーの山中で服毒自殺を遂げた。

ハンナ・アレントは、彼を「homme de lettres(オム・ド・レットル/文の人)」と呼んだ。

カタストロフィとは、単純に辞書を引けば

大惨事と訳す。Ny911_1

大惨事において、大量の死が

もたらされるという解釈では

済まないようだ。

このパートを三度、読み返したが

未だ、理解不可能。

また、読み返すしかない。


季刊 インターコミュニケーション

2006年 9月 24日

季刊 インターコミュニケーションInter_1

コミュニケーションの現在 2006

この雑誌は、NTT東日本が発行している。

「コミュニケーション」を軸に

科学技術と芸術文化が

豊かに織り成す社会を

構想するさまざまな試み。

歴史を振り返りながら、

知、思考、ネットワーク、

メディア、情報の〈現在〉を探る。

しかし、

私の読む雑誌では、

難解な分類である。

新聞から、テレビ そして携帯電話、インターネットと

コミュニケーションを媒介するネットワークシステムは時代とともに、

変化する、これを思想的に解説する書である。

哲学 思想に無縁な私でも、わかったかのように錯覚する本である。

この10月号に、私のテーマ「死」について語られた箇所がある。

では、明日。