V2 宣言

さて、間もなく忘年会シーズンがスタートしますが、

今日も、宴会に呼ばれていってまいりました。

ただし、私は酒は下戸なので飲みません。

いつでも、往診可能です。御心配なく。

今日の宴のタイトルは

第60回 国民体育大会 岡山国体

軟式野球一般Bの部

筑波病院野球部 優勝記念



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何度か、桜井理事長(桜水会=筑波病院 長寿館)には、今年、優勝して、監督から勇退したいと話は聞いていたけど、優勝するとは思っていなかった。



tyou tukuba

 

この職員の中からの、15人のメンバーで戦ったわけで、「当初は、草野球程度の親睦を兼ねていた。」しかし、そこから、野球経験者を集め、2002年 高松宮賜杯全国制覇を成し遂げ、その後の快挙である。

決勝戦の内容がすごい。

9回の裏に同点に追いつき、延長戦へ。延長21回二死満塁から、タイムリーヒットで、3対2のサヨナラ勝ちで、5時間越えの熱戦は終了。

参戦前のエピソードも泣かせるものであった。

宿泊予定の旅館が開会一ヶ月前に火事で全焼し、余儀なく二人づつの民泊で、乗り越えたという。

理事長の挨拶で、勇退の話が出るかと思いきや、V2宣言と、天皇賜杯を目指すと檄を飛ばされていました。

実は、優勝したけど、胴上げをしていなかったそうです。

延長21回、5時間にわたる試合で、終了した際には、全員、頭の中が真っ白で、胴上げを忘れていたというわけで、胴上げは持ち越しとなりました。

「土浦の野球を全国に伝えたい。」と理事長は壇上で仁王立ちとなっていた。

土浦の野球とは、土浦一校の野球史から語ると

昭和32年(1957年)08月12日 夏の甲子園出場(唯一の出場)、1回戦勝利、2回戦敗退

この時の、エースが後に阪神の監督になる安藤統男氏

  • 安藤統男(高10) プロ野球阪神タイガース監督、現阪神OB会会長、慶大野球部主将、慶応大法卒
  • その時の出場組みで、後に土浦一校監督OBの小倉さんも会場に

    ogura 小倉監督時代に野球部に所属していたのが

    高校生であった 桜井理事長だった。

    他にOBでは、あの人の名前もあがる。

    木内幸男(高03) 常総学院高等学校野球部前監督、甲子園優勝3回、準優勝2回の名将

    土浦の野球という伝統は確かに存在する。

    ちなみに、今年の夏の甲子園出場の藤代高校野球部監督 Mr Harigaeは、10年前、牛久市内のテニスクラブで、一緒であった。「ヤンナチッタ。」が口癖であったが、あんな快挙を成し遂げるとは。

    筑波病院では、V2目指して、職員募集だそうです。

    何と、募集職種は

    左投手 左打者 俊足 強肩 だそうです。

    そのうち、



    kuro クロマティでも、入れるのかも知れない。

    快挙、おめでとうございます。

     

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    1. 3年後も職員募集をしていたら 是非 息子をお願いしたい。
      左投手 左打者 俊足 強肩 
      すべてクリアです。
      宜しくお願いします。

      Comment by oyabaka — 2005年11月30日 @ 11:27 PM

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