方便 1

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wikiより

この物語が仏教用語の方便の一つであるらしい。

『クッダカニカーヤ』(Khuddhaka Nikaya)の「長老尼の譬喩」(Theri Apadana)の第22章「キサーゴータミーの譬喩」(Kisagotami apadanau)には、釈迦が、我が子を亡くしたキサーゴータミーという女性に対して、「死者を出したことの無い家からカラシの種をもらってきたら、その子が生き返る薬を作ってあげよう」と言う場面がある。キサーゴータミーは家々を回り、どの家にも生老病死というものがあることを知って、釈迦の弟子となった。

1仏教で、悟りへ近づく方法、あるいは悟りに近づかせる方法のことである。

2仏教以外の物事について導く・説明するための手法のこと。真実でないが有益な説明等を意味する場合もある。「嘘も方便」という慣用句ではこちらの意味で使用されている。

3上記の意味がさらに転じて、都合のよいさまを悪く言う場合にも用いられる(「御方便なものだ」)。あるいは、「詭弁」とほぼ同じ意味で用いられることもある。

現代用語からすると、2番が、一番ふさわしいと思う。

相手を、説得せざるえない時に、止むえず、この「方便」を使用した記憶がないこともない。決して、相手を欺こうとしたわけではないが、最短距離で、相手を説得する必要がある時に、トライすることもある。

サッカーで云う「キラーパス」が、ここ一番で必要な時に放つようなもの。

私自身、最近、この方便で説得されている経験がある。

相手が、自己紹介に際して、行った説明が後から、考えるとあり得ないのだ。

途中で、気付いたが、自分も欺かれたままの状態の方が、得と思われるので、

それを信じたふりをして、行動をした。

結果、お互いにとって有益な結果が出そうだ。

自分も焦っていたが、相手は私以上に焦っていたのだと、今考えると理解できる。

しかし、それを責める気もない。

むしろ、感謝している。

だから、これでいいのだ。

相手は、私の年齢、行動を見て、瞬時に、、こう話せば、自分の船に乗ると思ったのだろう。騙したつもりもないのでしょう。今日の、自分の活動を見れば、恩人の一人と思う。




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