大阪 難波  自由軒

この店の前を初めて歩いたのが、二十代の頃で、jiyuukenn その後、何度か歩いたけど、いつも店の中は
満員で、一人で入るには、少し勇気が足りなくて
やっと、先週、外から覗いたら、席が一つ空いていたので
滑り込みました。

歴史

明治43年、大阪初の西洋料理店として難波で創業した自由軒 本店。
また、100年近く愛され続けている名物カレーが誕生した店でもあります。
現在も名物カレーは当店の厨房で、熟練した職人の手によって作られており、
毎日各店舗に運ばれています。
第二次世界大戦によって一時は焼失してしまいますが、
2代目店主・吉田四郎の尽力の末、再建しました。
親子代々で味を受け継ぐ自由軒の総本山です。

 

明治43年といえば、1910年、間もなく、創業100年を迎えるわけです。
この店が、世に知られるようになったのは、西の太宰と呼ばれた、

オダサクこと、織田 作之助が、この混ぜカレーを好んで食べたこと、そして、その後、あの名作「夫婦善哉」で
紹介され、有名になったそうです。odasaku
店内には

「トラは死んでも皮をのこす

 織田作死んでカレーライスをのこす」

と額縁が掲げられています。

 

 

そして、これが二十年以上待ち望んで、やっとcurry
目の前にした、混ぜカレーこと、名物カレー

当時、電子ジャーのような、
御飯の保温ができなかったため
作っているのを覗くと、フライパン上で
御飯とカレーのルーを混ぜて、最後に中央に
生卵を配置した形です。

 

味は、どうかと言われると
明治を味わえるという意味では貴重かと思えるのですが、

店内の額縁のキャッチーコピーになぞらえれば、

私は、カレーをのこす

という状態でした。
織田作之助に、そして明治に近づけたと思えば、尊い経験でした。
お店に、こんな歴史や伝説があるのは、羨ましいです。

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