死活問題

午後6時30分から、茨城県地域緩和医療検討会議。

しかし、6時ごろ、看取りがあり1時間程、遅刻して参加。

ツカちゃんの選挙をお手伝いしていて、気づくのは、

2006年の日本は、全ての社会システムが狂っていることが露呈した一年であったと思う。

教育、医療など。

なぜか?

上から押し着せられたシステム、つまり社会制度は、現場では実に

使いにくいものとなる可能性がある。

なぜか?

それは、ユーザー本位にたっていないからとも言えましょう。

法を制定する者と、その法の中で生きるもの意識、着目が乖離していては

悪法といわざるえない。

今日も同席をした大和クリニックの下田先生。

全く、これまで、他人同然だが、意見は不思議と一致する。

「家で死ぬことができないならば、その次の選択として病院よりも

施設を充実させるべきでしょうね。」

「そう、そういうことですよ。」

このように、全ての意見が、不思議と一致する。

場所は違えど、同じルールで、同じミッションで仕事をしているから

考え方は、同じになるのであろう。

夜、日報を読んで、開業以来の在宅死のケースが4年8ヶ月で

180件に到達したことを知る。

この180件を真摯に受け止め、次の死に活かさなくてはならない。

「死に活かす。」

そう、それが死活問題なのだ。




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