赤レンガ 旧諸岡邸

夜、新聞を読んでいて目に付いた記事があった。

「また会う日まで 赤レンガの門」Morooka09

各地に地元の名門という家系が

残っていると思われるが

龍ヶ崎市では、この諸岡家が、

その一つと思われる。

約2000坪の屋敷周囲に、赤レンガで塀を張り巡らし、

その中にある日本庭園。

家の作りは、段差が設けられ、戦前までは、身分によって上がれる場所が制限されていたという。

私の実家から歩いて3分。

いつも、午後になると母親に連れられて、この赤門を潜って

邸内を散歩していた。

なぜ、ここに勝手に出入りしていたかは、よく、説明されていなかったが

母方の祖父が、旧制高校時代、ここに下宿していたからだったと思う。

庭の正面に向かうと、そこに、その家の女主人

私は、「諸岡のおばあちゃん」と呼んでいた、今から察すると

70代の女性が和服を着て、正座していた。

家の中や、蔵の中は、今で言うところのお宝が並んでいたが

その当時、3、4歳ほどであったから。興味はなかった。

この家が、なぜ、名門と言われるかは知らなかった。

しかし、いい意味で気位というか品のある女性で

話し方も、周辺の女性とは、全く違っていた。

たしか、日本の大学で大学と呼べるのは東大だけだと言っていたと思う。

実際、息子さん二人は、東大卒であったと聞いている。

その後、伊豆の韮山、江川邸なども見たが、諸岡の方が、はるかに

家の作りは立派であった。

Morooka3

赤レンガは明治・大正期の近代化の象徴とも言われますが、 竜ケ崎駅の近くに、赤レンガの門・塀が残っています。
 住み手のないまま、庭の緑を背景に赤レンガの門塀が残ったのは、持ち主の故郷への懐旧の念と、かつて町長をされた家族への想いによるものです。
 その景観は多くの人々に強い印象を与え続け、「まちに残したい建造物」のアンケートでは常に取り上げられていました。

かなり前に、家事で邸宅は焼けてしまった。

その後、この門の入り口の部分だけが残っていたが、いよいよ、

取り壊されてしまうらしい。




  1. はじまして。
    諸岡邸の赤レンガについて書いて下さってありがとう。
    赤レンガは移築再生のために解体し、保管されました。
    「また会う日まで」というタイトルはそういうわけです。
    解体費用の募金活動を展開しています。
    歩いて3分ですか。。。私の市内に住んでおります。
    案外お会いしたことがあるかも知れませんね。
    ヴァルターベンヤミンについて書かれていましたが
    読むのに苦労しながら惹かれています。
    魅了的な人です。
    「親愛なる日記 in 龍ケ崎」という(ちょっと変なタイトル)
    のブログを書いております。

    Comment by 赤レンガ保存会 — 2006年11月30日 @ 12:45 AM

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