気配り

最近、患者さんも含めて、公私にわたって、人と会う回数が増えています。

会っていて心地よい人と、二度と会いたくない人というのは、頭のどこかで、失礼ながら

分類されていきます。

私も、相手の方の頭の中で、「また、会いたい。」とか「二度と会いたくない。」

と分類されているでしょうね。

この差がどこにあるのかは、説明不可能ですが、ファーストコンタクトの一瞬で決まることも

多くあるのではないかと思います。

例えば、先日合った2例ですが、病院の廊下で久しぶりに会った恩師に

「おい、平野、儲かってるか?奢れよ。」

一瞬にして、この恩師にネガティブな感情が沸き起こります。

堅気との会話とは思えません。

逆に、ある恩師に

「いつも、大変な患者さんばかりで申し訳ない。体に気をつけてね。」

こう、切り出されれば、一瞬にして、この方のためめなら、なんでもしようと思わせます。

さらに、

「おまえ、評判いいねえ。」

と言われれば、もう、あなたのしもべとして働いちゃいますよという気になります。

これが、全てではありませんが、気付かぬうちに、サービス精神、または、気配りができる人と、この逆で相手を虐げることによって快感を得ようとする人間の二通りがあるようです。

そういう私も相手を意図的に怒らせていることがありますが。

その後の立ち話で、愚痴や、他人の悪口を、延々と語る人もいますが、これも、お相手していて疲れます。

逆に、今後の自分のプランを目を輝かせて話している人と話していると、一時間ほど、コーヒーも飲まずに話していても、疲れどころか、時間があっという間に経過していきます。

私のところに、昔、よくいらっしゃる銀行の方がいらっしゃいましたが、私は、借り入れをする必要も、気も全く無かったのですが、何度もいらっしゃいました。確かに、融資や借り入れの話は、全くでませんでした。

「なぜ、いらっしゃるのか?融資の話もできずに、時間の無駄ではないか?」

と尋ねると、

「いえ、話していて楽しいです。サービス精神が一杯ですから。前向きになります。」

との事でした。

なぜ、こんな事を、今日書いているかというと、「もてなす」という事を考えているんです。

実は、私が往診をしていて、一番困るのが、食事や、飲み物を提供される事なんです。

一日に10件から、臨時で呼ばれたりすると、20件近くなることもありますが、考えてみてください。全部のお宅で、ショートケーキやら、大福、コーヒー、お茶、紅茶となったら、これは地獄巡りになってしまうんです。大体、逆に考えれば、外来にいらした患者さんに、コーヒーやらを提供している病院はないでしょう。

今日一件怒ったのですが、私に、とんかつと、ビールを飲ませようと準備をしていたのですが、お気持ちはわかるが辞退すると、しつこいのですね。大体、お腹が空いているわけではないし、私は下戸だし、私は、その後も、自分で車を運転しなくてはならないし、ビールなんて、とてもと思います。

 前から、辞退しているのですが、ずっと、ビールは出ます。

ドラフトワンだから、大丈夫だと言いますが、飲めない人間は、これでも酔いますよ。

事故をおこしたら、警察に捕まったら、明日から私は仕事ができなくなりますよ。

御家族は、昼間から本物のビールを飲んで幸せそうですが、あなたがたの、「最高のもてなし」大きな勘違いです、私に対する「最高のもてなし」は、何も出さないことです。

最後に、「オマエぐらいの年になると、コレステロールにも気をつけないと駄目だろう。血圧とか?」

ここで、頭が切れました。

「コレステロールや、血圧といいながら、目の前に、酒や、トンカツを並べる馬鹿がいるか。言っていることと、やっていることが矛盾しているではないか?」

こういう大きな勘違いは、よくあります。

以前、夜中の2時に患者さん宅に容態がおかしいと呼ばれたときも、患者さんは、問題が無かったのですが、帰ろうとすると、「少し、待ってくれ。」とのことで、じっと眠いのですが、座って待っていると、食事とビールが出てきました。時計はすでに、午前3時半、目の前には、心のこもった天ぷら、なぜかハムカツ。止めのビール。午前3時に、これが食べられる医者が日本には、どのくらいいるのだろう?感謝の気持ちはわかりますが、その時の私に必要なのは、早く無事に帰り、眠ることが、最大の気配りではないでしょうか?

日本人の気配りの話題で、こんな話を思い出しました。岡山県のヤスダ茶香園に、この話が書いてありました。

http://www.nekonet.ne.jp/yasudatya/nihontya.html

 特に豊臣秀吉は、お茶に関する逸話も多く、関ヶ原の合戦で有名な石田三成との出会いの話は有名です。
 
→→→ある日、秀吉が狩りの帰り、とあるお寺に立ち寄り、お茶をほしがりました。その時お茶を差し出した小姓は、ぬるく薄めのお茶を大きめのお茶碗に八分目ほど(かなりたっぷりめ)出しました。のどを潤した秀吉は一息ついて、さらにもう1杯とほしがりました。今度は少し熱めの、先程よりも少し濃いめのお茶を普通のお茶碗に半分ほど出しました。この小姓の気遣いに感心した秀吉はさらにもう一杯とほしがりました。今度は熱く濃いお茶を小さな湯飲みに少し出しました。最初はのどが乾いているだろうから火傷しないで、ゴクゴク飲めるようにぬるく、胃にもやさしく薄めのものをたっぷりと・・・。ニ杯目は一息ついて少し落ち着いたところで、熱めで少し濃いめに・・・。三杯目となる最後はゆっくりお茶を味わえるように熱く濃いのを少量・・・と言う意味があります。この時の小姓が石田佐吉、のちの三成だったとい伝えられています。この才知に感心した秀吉は、自分の家臣として雇います。

 この話を子供の頃に聞いても、意味がわかりませんでしたが、こういった気配りが日本にはあったのでしょうね。今の時代は、忙しいからとか、ストレス社会だから、余裕がないといわれますが、秀吉と三成が出会った時代も、戦国の明日は命も無い、今よりもストレスのかかる時代でしょう。なぜ、そんな戦乱の世に、後に利休を使い、茶の文化を発展させたのか、不思議に思います。元禄の太平の時期ではないから、逆に秀吉も、やすらぎや、哲学を持ちたかったのでしょうか?

 誰か、この考察を書かれているのでしょうか?

話は、だらだらと、長くなりましたが、食事は辞退させていただきます。

もちろん、ビールもね。




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